2007.01.20

言葉

060520_17430001 子供のころ、雨降りの朝起きると親父は必ず囲炉裏に座り火を点していた。いつも無言で小さなともし火を見つめていた。いくつになった頃だろうか、ことば少なの親父が何度も繰り返し話してくれたことばがある。人は愚かな方がいい、他人と競い奪いあうことがないから。人は愚かな方がいい、他人への憎しみや妬みをもつことがないから。人は愚かなほうがいい、ことばで他人を傷つけることがないから。人は愚かなほうがいい、他人を損得抜きで好きになることが出来るから。人は愚かなほうがいい、自分のこころに素直に生きることができるから。こんな言葉であったように記憶している。今振り返ってみると、ずいぶん親父の教えを裏切ってきたように思う。都会の雑踏に揉まれ自分の姿・形を見失っていたのかも知れない。今になって親父の言葉が身に沁みている・・・ 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

出会い

051224_001 栃木県宇都宮市郊外の農村地帯に田中という集落がある。藁葺き屋根と囲炉裏の煙りに包まれ育った。中学までは野球少年で小学校の卒業アルバム、将来の夢にはプロ野球選手になることと記されている。プロ野球の第一関門である甲子園球児を目指し高校へ入学した。3日坊主で退部した。理由は簡単であった。野球部なのに野球ができなかったから。それからは、暇な時間を嫌いであった勉強に費やしていた。3年の春だったろうか、隣に座るT君が話しかけてきた。来週末にラグビーの試合がある。5人の部員では試合が出れない助っ人で出てくれという話であった。スポーツ自信家の自分はすぐに受け入れた。そして一週間の練習を経て試合に臨んだ。県下の私立高校との試合は大敗した。苦しかった、悔しかった・・・・スポーツの世界で初めて屈辱を味わった。でも、この屈辱が後のラグビー人生を支えてくれることになった。屈辱を噛締めながら父の反対を押し切って東京の大学へ進学し体育会ラグビー部に入部した。部訓、礼節・清潔整頓・時間的観念!過去味わったことのない異質の空間に身を置いた。大学ラグビーのレベルは高かった。40人の部員の40番目、2時間の練習で付いていけるのは5分、常に10m遅れで走っていた。屈辱を晴らすどころか、さらに大きな屈辱を味わった。でも、なぜか辞めようとはしなかった。父に対する面子、男の意地・・だったのかも知れない。一年間はひたすら身体をいじめた、プレーを盗んだ。そして、2年の秋レギュラーポジションを奪った。その後は一度もポジションを明け渡すことなく中心選手となった。3年のシーズンが終了したとき主将を命じられた。言われるがままに引き受けた。この世界にNOという言葉は存在しない。振り返るととっても小さな出会いから自分の人生が大きく変わっていった。もし、あの時T君が試合に誘ってくれなかったら全く別の道を歩んでいたことだろう。大学1年の苦しみに負け退部していたら・・。数々の屈辱との出会いが自分を支えてくれたのかも知れない。そして、少しづつ、一歩、一歩、前へ進んでいったら、知らない間に新しい世界が訪れていた。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2007.01.14

正月疲れ

0601105_012_1我が家のヒロは正月明けから食欲がありません。正月のご馳走を  食べすぎたのか、田舎への道のりが堪えたのかちょっぴり心配です。先日かかりつけの病院で血液検査とレントゲン検査をしてきましたが異常なし。散歩は元気で出掛けるのですが・・・相変らず食欲がありません。今までが元気すぎたのかな?0601105_018 もうすぐ3歳のヒロ坊主0601105_004です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«七草粥